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   屋号は猫の手  
 
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屋号は「猫の手」 徒然雉寅日記
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亀は長生きだというが、やはり死は免れない。
龍は霧に載って空を掛けるが、やがては土に化してしまう。
老いた駿馬が厩に飼われているのは、なお千里を走らんがためであり、
雄雄しい男児は晩年になろうとも、大きな志を捨てない。
人の命の長短は天だけが決めるものではない。

活動中(仕事・遊び・趣味)の身のまわりの出来事をおもしろおかしく綴っていきます。
 
猫の手(“CatPaw Lab.“)は「屋号」です。   江戸川区でいろいろな活動をしています。
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人にはなぜ承認要求があるのか、それは集団のなかで生きるためである。
人にはなぜ承認要求があるのか、それは集団のなかで生きるためである。
では、なぜ人は集団のなかで生きようとするのか
それは、自分独りだと自分にだけ振りかかる危険が、集団となることよって、集団の他の人にその危険を振り分けることが出来るからである。
つまり、集団生活は自分を危険から守るためのリスク分散なのである。
 
じゃ、リスク分散のために集団に入るにはどうするか。
それは、集団に自分と言う人間を認知し、かつ受け入れてもらうことである。
なので、人は自分の生命を守るために、集団の構成員に、自分という人間を認め受け入れてくれるように振る舞うことになる。
これが承認要求なのである。
つまり、承認要求は己の生命維持のためにリスクを分散し、かつ生活の安全を確保するためである。
 
だが、気をつけないと行けないことがある。
それは、「集団がその要求を拒否、もしくは否定することがある」と言うことである。
集団がその個人の承認要求を拒否したり、その人自体を組織の一員として否定した時、集団は集団に振りかかるリスク全体をその個人に向くように仕向けることがある。
これが集団による粛清、もしくは排除である。

22:23, Monday, Mar 12, 2018 ¦ 固定リンク ¦ 携帯