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人間は花が咲くと喜び、花が散ると嫌がる、何故なんだろうか。 もしかしたら、多くの人は花が咲く、葉が茂る、それが落ちて腐土になる、そう言う力というかエネルギーが別々にあると思っているからではないだろうかねぇ 俺が思うに、花が咲き、葉が茂り、やがて葉が落ちて腐土になるのは、大自然の気の流れというものなんだろうかと思うね。 大自然の気が集まれば、花となり、その気が離散すれば腐土となり、そしてまたいつしかその腐土に芽を出す気が生じる。 人間の生命も身体に宇宙の気が集まっているからで、その宇宙の気が身体から離散すれば死となる。 人間だけでなく、この宇宙に存在する全てのモノが、生も死も含めて、連続した宇宙の気の働きに由来しているのだと思えば。。。、生死のためにこころを悩ます必要などない。 この世に生きている時間なんてのは、不老長寿などというものが存在しないかぎり、どんなに長生きしたところで、ごくごく短時間でしかない。 それにどんなに長生きしても、「それが生きているとは言えない」こともあるしね。 まぁ、生命なんてのは、たちまちあっという間のうちに過ぎ去ってしまうものだってことだ。 問題は、その短い一生をどう生きるかだな。 過去に縛られて鬱々として一生を終えるか、明日を心配して一生を送るか、それは人ぞれぞれだ。 それは、その人の都合と言ってもいい。 だが、俺は思う。 だからこそ、「今を生き切る」のだと・・・・ 有限である短い一生をどう生きるか、それは「今を生き切る」ということだと。 だからこそ、俺はいつも遠くを觀て、そこにたどり着く方法を模索する。 悩まない。 ただ、限られた時間内に到達する方法を模索する。 途中で生命の火が消えて、そこに到達することが出来なかったとしても、俺はそれはそれでいいと思っている。 そこへなんとかたどり着こうと「俺は藻掻いた」、ただその事実だけで俺は満足だ。 そのためには、常に気持ちを身軽にする必要がある、、、ということだな。
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17:19, Monday, Jul 08, 2024 ¦ 固定リンク
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