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   屋号は猫の手  
 
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屋号は「猫の手」 徒然雉寅日記
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亀は長生きだというが、やはり死は免れない。
龍は霧に載って空を掛けるが、やがては土に化してしまう。
老いた駿馬が厩に飼われているのは、なお千里を走らんがためであり、
雄雄しい男児は晩年になろうとも、大きな志を捨てない。
人の命の長短は天だけが決めるものではない。

活動中(仕事・遊び・趣味)の身のまわりの出来事をおもしろおかしく綴っていきます。
 
猫の手(“CatPaw Lab.“)は「屋号」です。   江戸川区でいろいろな活動をしています。
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人生という旅をしていると、人は常に岐路に遭遇する。
人生という旅をしていると、人は常に岐路に遭遇する。
そして、その都度どの道を選択して先に進むべきか決断を強要させられる。
でもね、俺は思うんだよ。
 
人は「未来」と言うと、それらは前方にあると思っている。
だから、「後ろを振り返るな、過去に囚われずに前を見てポジティブに生きろ」と言う。
だが、人はどんな未知への選択や決定をしようと、それらの全ての結果はその人の背中に繋がっている。
つまり、未来と思っているのは過去の決断や選択の結果だ。
人は未来に向かって歩いていると思っているが、じつは自分の背中を見つめて歩いているに過ぎないのでは無いかと、俺は思う。
背中を綺麗にしろと言うのは、自分の背中につながる生き方を自分で恥じないものにしろ、後悔しないものにしろということで、自業自得とか因果応報と言うのはそういうことだと思う。
なんて書いているけど、ようするに「人生でどんな選択をしようと、その結果は現在の自分の背中に通じていて、その結果は選択した時にはもう決まっていた」ということを言いたいわけさ。
 
何処かのお城に嫁いだお嫁さんだって、幾つかの選択肢は有ったけど、結局世間に抗えずに流されてしまった。
あのとき、もし、もう一方の道を選択したらと思ったとしても、それでもきっと後悔する部分はあったと思う。
「父を大使にするために・・・」とは言うけど、じゃ、結婚して男の子を生むまで頑張って、跡継ぎを産んで、夫が次期城主となったときに、城主の正妻として権力を握り、かつ跡取りの母としてその地位を盤石にすれば、自分もそうだが、父親だって立身出世の恩恵に預かれたのではないだろうか。。。。。
だがそれをしなかった。
 
だから、どっちが正しい選択、どっちが正しくない選択だったかなんて無いのさ。
要は、どの道を択んだとしても、後悔の要素はあったのさ。
 
問題は、どの道を選択したとしても、そのと時点で、どう自分に折合いを付けるかなんだ。
そこで新たな目標をたて、そこにどう進むべきか・・・を考えるべきだったのに、それをせずに常に過去に縛られていただけなんじゃないだろうか・・・・。
「あのとき・・・たら」とか「あのとき・・・れば」言う「たら、れば」は、「現在の自分の境遇にたいする責任転嫁」でしかないような気がする。
まぁ、これは俺の考えで、皆さんの考えはまた違うだろうけどね

11:26, Monday, Jan 15, 2018 ¦ 固定リンク ¦ 携帯