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屋号は「猫の手」
徒然雉寅日記
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  仕事のことや、遊びのこと、趣味のことなど、身のまわりの出来事をおもしろおかしく綴っていきます。
 
   猫の手(“CatPaw Lab.“)は「屋号」です。
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2017年 5月1日

音のない世界、見えない世界に籠らなければ、心の平穏が保てないようになったら死んだ方がいい。
つい先日まで、耳鳴りは左耳だった。
それが今日は右耳に起きている。
左目もますます見えづらくなってきて、視野が狭まってきた。
眼鏡のフレームが壊れたので、新しくしたいが、金がないのでできない。
 
でも、耳鳴りが起きるのも、左目が見えなくなるのも、めまいがするのもしょうがない。
これも、年を取ったという証拠らしい。 
なぜなら、耳鳴りは医師に相談しても「歳のせいだから、もう諦めるしかないよ」と言われてしまう。



耳鳴り・めまいの辛さは、当事者でなければ分かりにくい。
 
耳鳴りのせいで何度も聞き直してしまう。
返事が聞こえないと「返事」はときつく言うようになった。
テレビの音を高くしないと聞こえないので、かなり音を高くするので、妻に嫌がれる。
だから、音がなくてもいい、字幕のある海外ドラマをみるようになる。
でも妻は国内チャンネルが好きだ。
だから、「ついこんなの見るな」と言ってしまう。
 
問題なのは、人の声が聞こえ辛いと言うことは、自分の声も聞こえ辛いと言うことだ。
だからつい声が大きくなってしまう。
すると妻からは「もっと言い方があるでしょ」と言われてしまう。
このまま、妻と会話ができなくなったらますますわたしは内に籠るしかない。

本音を言えば、まだ人と会話ができるうちにいろんな人と話をしてみたい。
だけど、人と話をすると言うことはそれなりに金が必要になるということだ。
通りすがりに人が親しく話をしてくれるわけではない。
人が集まるそれなりの場所になんどか顔を合わせて、ある程度親しい関係にならなければ、親しい話などできない。
それには、それなりの金が必要になる。
だが、その金がないのだから、しょうがねぇ
  
最近では人と会話するのが面倒になり、自分の中に籠りがちだ。
多分、このまま行けば、早晩「うつ」になるんじゃないかなぁ。。。
それに左目の視野が狭くなってきたし、視力も落ちてきて、字を書くのも文字を読むのも辛くなってきた。
キーボードを打っていても、打ち間違いに気が使に時があるし、文字変換を間違うときも多くなってきた。

音のない世界、見えない世界に籠らなければ、心の平穏が保てないようになったら死んだ方がいい。

17:07, Monday, May 01, 2017 ¦ 固定リンク


人の悩みの多くは、「欲望」が満たされないところから来ていると思う。
人の悩みの多くは、「欲望」が満たされないところから来ていると思う。
欲望が満たされないと、人は「欲求不満」を感じる。
「欲求不満」と言うのは精神が気持ちが、不均衡なバランスの上に成り立っているということ。
 
だがその欲望や欲求不満は、「長く安定した惰性的生活と言う平凡な生活」と言うものがあるからこそ成り立つもの。
 
そして、人は欲望を満たそうとか欲求不満を解消しようとして抗い始めるが、だがふと気が付くと、多くのものを失っていることに気が付く。
「惰性的生活」と唾棄していた平凡な生活。
あるとき気が付く、自分が「惰性的生活」と忌み嫌った生活、それこそが「長く安定した平和な生活」だった。。。と、だが、気がついが時は既に遅い。
何も準備をすることなく、気持ちの赴くままに行動し、自らの幸せを壊していることに気が付いたとき、自分が荒涼とした心象世界にいることを知る。
  
この世全て「ギブアンドテイク」の関係であることを忘れてはいけない。
何かを得ようとしたら、それに見合う対価を払わなければならない。
 
だが、冒険をするなとは言っていない。
現状のステージに甘んじて、新たなステージで幸せを掴もうとするなとは言わない。
言いたいことは、するなら「何もかも失う『覚悟』」を持って、新しいことに取り掛かれと言うことだ。
あとから、「現状ステージ」を振り返って、「あぁ、そういうときもあったなぁ」と懐かしめるようになれる気持ちで行けと言うことだ。
あとから、「現状ステージ」を振り返って、「あぁ、あの時はよかったなぁ」と後悔するようにはなるなと言うことだ。
 


16:34, Monday, May 01, 2017 ¦ 固定リンク