JavaAppletが無効です。有効にしてください。
   屋号は猫の手  
 
**********************************
屋号は「猫の手」 徒然雉寅日記
**********************************

亀は長生きだというが、やはり死は免れない。
龍は霧に載って空を掛けるが、やがては土に化してしまう。
老いた駿馬が厩に飼われているのは、なお千里を走らんがためであり、
雄雄しい男児は晩年になろうとも、大きな志を捨てない。
人の命の長短は天だけが決めるものではない。

活動中(仕事・遊び・趣味)の身のまわりの出来事をおもしろおかしく綴っていきます。
 
猫の手(“CatPaw Lab.“)は「屋号」です。   江戸川区でいろいろな活動をしています。
魔方陣 リンク


2018年3月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

最近の作業記事
「日本標準時(JST)」は「どこで ..
浦安の猫スポット
ことばの意味をわからん奴がいる ..
エアコンのあの臭い・・・気にな ..

過去の作業ログ
2018年 7月
2018年 6月
2018年 5月
2018年 4月
2018年 3月
2018年 2月
2018年 1月

 





変化を押しとどめることは不可能だ
我々は生きていればいろんな変化を経験するものだが、通常は変化のない時の方が圧倒的に長く、変化のない退屈な日々が続く。
だが、ある日突然に何の前触れもなく変化が訪れる
それが結果として今よりも良くなるようなものであるかもしれないが、その最中は、驚きと対応に精一杯で、いいことなのか悪いことなのか、その時は判別がつかないことが多い。
変化している時とは不安定なものだ。
それに、たとえそれがいい方向への変化だったとしても、対応を一歩間違えれば、悪い方向に行くことだってありえる。

人生にはなだらかでゆっくりと曲がるカーブの道なんてほとんどない、あるのは平坦な道と崖のような急激な坂、そしてまた平坦な道・・・、その繰り返しだ。

そして右往左往している間にいつの間にか変化が終わる。
それからまた何も変化のない退屈な日々が、いつまでも延々と続く・・・。

段々と落ち着いて来て、ある日ふと振り返る。
「ああ、こんなにも変わってたんだ。」とその差を感じるが、感覚的には何も変化のない日々の連続だった感じる。

目で見えるもの、耳で聞こえるもの、手に触れる感触にどんなにこだわろうと、変化を押しとどめることは不可能だ
また、変化に対応しようとしてもそれは間に合わない
何をしようと何をしまいと、この世は時とともに変わりつづけるのだ。
この世は全て幻、泡沫・・・そう思った時、変化を受け入れられことができるようになる。
それが楽な生き方だったと気がつく。

09:58, Wednesday, Mar 14, 2018 ¦ 固定リンク ¦ 携帯