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屋号は「猫の手」
徒然雉寅日記
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  仕事のことや、遊びのこと、趣味のことなど、身のまわりの出来事をおもしろおかしく綴っていきます。
 
   猫の手(“CatPaw Lab.“)は「屋号」です。
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時として、「優しさ」はそれを向けた人を傷つけることが有る。
時として、「優しさ」はそれを向けた人を傷つけることが有る。
だが、人間と言う生き物は「存在する」だけで周囲を傷つけてしまう生き物だ。
「傷つけたくない」とどんなに願っていても、大事な人、愛する人、好きな人さえも傷つけてしまうことがある。
それが人間だ。 
だからこそ、「傷つけてしまうことだって有る」と言う覚悟を持って、ちゃんと相手に「向き合った」うえでの「優しさ」だけが力を持つんだ。
 
だが、もしその人もまた「ちゃんと自分に向かい合って」いなければ、「あの時あの人はちゃんとわたしに向き合ってくれた上で、優しさをくれた」と言う「事実」に気づくことは出来ない。
相手がそういう人であったなら、自分が投げかけたどんな優しさも思いも、絶対に相手には届かない。
どんな思いも届かなければ、それは無かったのと同じだ。
 
その人は自分にとって大事な人でも、愛する人でも、好きな人でもなかったと言うことになる。

なぜなら、一時はどんなに哀しませたとしても、互いにちゃんと向き合っていたのなら、いつかその人は「あの時、あの人はちゃんと私に向き合ってくれていた」と言う「事実」に気づく。

ホントの優しさと言うのは、誰かのために自分を悪者にしたり、誰かのために自分の何かを諦めたり、相手のために自分を二の次にできる。
だれでも、いざとなれば脚がすくんでしまうような状況でも、相手のために一瞬の迷いもなくそれができる。
自分がそれで傷つくことを恐れない、それが、ホントの優しさの本質だと思う。
 
だから、そのことに気づかない相手に責任を感じることも、悩むことなど必要は無いのだ。
ましてや、それで傷つくなんてことはあってはならない。

11:52, Sunday, Jan 08, 2017 ¦ 固定リンク ¦ 携帯